株式会社プリス

振とう機・振とう培養機 高圧蒸気滅菌装置

コラム#29「目的の微生物を探す研究(その1)」

2022.08.16更新

スクリーニングとは

自然界は微生物であふれかえっています。例えば一握りの土壌には世界人口と同じ位あるいはそれ以上の微生物が存在します。 その中から目的の微生物を探し出す行為をスクリーニングと言います。 スクリーンつまり篩に掛けるという意味です。スクリーニングは微生物研究の第一歩とも言えます。

スクリーニングの肝は何と言っても、培地と培養条件です。そして目的とする微生物の存在を迅速に確認する工夫です。 比較的簡単なのは、微生物の生育を指標とする方法でしょう。微生物の生育は、培地の濁りやコロニー形成として確認することができます。 この場合には、目的の微生物のみが生育できる条件を整えることが重要です。

【好アルカリ性細菌】

例えば、好アルカリ性細菌。今では当たり前の珍しくもない微生物ですが、発見当時は常識を覆す大発見として注目されました。
それまでは細菌は中性付近の環境で生育し、極端なアルカリ性条件では生育できないと思われていたのです。 ところが、pH10以上のなめると苦いアルカリ性培地に土壌などの微生物源を投入して培養したところ、 予想に反して多くの細菌の生育が確認されたのです。
この研究をきっかけに厳しい環境で生育可能な微生物の探索が多くなされるようになりました。

【好塩性細菌】

例えば、好塩性細菌。食品の保存方法の1つに塩漬けがあります。食塩の添加によって微生物の生育を阻害する「静菌効果」を利用した方法です。
しかしすべての微生物が食塩に敏感とは限りません。海洋由来の微生物の多くは生育に海水程度の食塩(約3%)が必要です。 さらに塩田からは、塩分濃度の高い培地で生育する微生物が発見されました。 飽和濃度の食塩(約26%)を含む培地でも、平気で生育するものもいます。 塩分濃度に耐性を持つものは耐性菌ですが、中には塩分濃度が高い方が良好な生育を示す微生物もいて、これらは好塩性菌と呼ばれます。
さらに驚くことに、岩塩からも微生物が発見されています。岩塩は太古の海が地中に取り込まれ、さらに地殻変動によって再び地上に現れたものです。
岩塩の中には、水の粒(海水滴)が閉じ込められていることがあり、その中に微生物がいたのです。 分析によると、岩塩の素となった海水はおよそ2万から3万年前のものと推定されるとのこと。 つまり海水滴の中で数万年も生き残っていたということになりそうです。果たして眠っていたのか、ゆっくり活動していたのか? いずれにせよ、驚きです。

【高温菌】

殺菌方法といえば、加熱があります。煮沸などはその良い例です。しかし、温度に耐える微生物も多く発見されています。 過去には55℃以上で生育できるものを高温菌と呼んだ時代もありました。
発酵熱によって高温となる堆肥などから発見された微生物は「初期の高温菌」と言って良いでしょう。 その後、より高温条件で生育する微生物の探索が始まります。火傷する位の熱い温泉からも高温菌が見つかります。
コロナウイルスの検出方法として馴染みとなったPCR法に使われている酵素(DNAポリメラーゼ)は、温泉由来の微生物のものです。
今となっては55℃は微生物にとって高温条件とは言えなくなりました。 高温条件の温度はどこまで上がるのでしょう。勿論、地上では水の沸点100℃が最高値のはずです。 しかし、圧力のかかる深海底では100℃でも水は沸騰しません。 当然の様に海底の熱水噴出孔からは、100℃以上の条件で生育する微生物が見つかっています。 しかし加圧して、加熱して。こんな微生物をスクリーニングするには、結構な装置と資金が不可欠なようです。 しかも、高温条件を保つ培養装置は、熱源となります。研究者は汗だくで実験しているはずです。

【有機溶媒耐性菌】

この他にも有機溶媒に耐性を有する微生物の研究もあります。生物の細胞膜は脂質でできています。 このため有機溶媒には細胞膜を破壊(溶解)する作用があります。エタノールが殺菌剤に用いられているのも、この作用故です。 従って、多くの微生物は有機溶媒に浸かった状態では生育できません。
しかし有機溶媒耐性菌は固体培地の上に有機溶媒をヒタヒタに張った状態でも生育してコロニーを形成します。固体培地の上に有機溶媒を流し入れて培養するなど、極めて独創的な発想はどこからきたのでしょう。常人では思いもよらないことです。
近頃は固体培地を作るシャーレ(ペトリ皿)はプラスチック製の使い捨て品が主流ですが、固体培地の上に有機溶媒を流し入れるとプラスチック製シャーレも溶けてしまいます。研究に当たっては昔ながらのガラスシャーレを確保するのに苦労したと伝わっています。 当初、このような“常識外れ”の微生物は「極限環境微生物」と呼ばれていました。しかし地球上のありとあらゆる極限環境から微生物が見つかっています。
もはや、どれが極限環境微生物なのか、その判断基準さえも曖昧となってきました。それほど、微生物は多様性に富んでいるのです。

微生物の発見

新規微生物の発見は、新規な酵素、新規な代謝経路など多くの新しい研究に発展します。
例えば、同じ反応を触媒する酵素であっても、常温菌の酵素と高温菌の酵素では構造、つまりタンパク質である酵素を構成するアミノ酸の配列が異なります。 両酵素のアミノ酸配列を比較研究することで、酵素の高温耐性のヒントが見つかるかも知れません。
一般的に酵素は熱に弱く、保存や取扱に注意が必要です。高温耐性のヒントは、より安定性の高い(雑に扱っても大丈夫な)酵素の開発につながります。 さらに、同じ反応を触媒する複数の酵素のアミノ酸配列の比較からは、酵素の分子進化に関する知見も得られるはずです。
地球を満たす膨大な数と種類の微生物。しかし人間が培養できている微生物はその1%にも満たないと考えられています。 世界中で多くの研究者がこの1%をもっと増やそうと努力と工夫を続けています。 自然界には、まだ見ぬ微生物が発見されるのを待っているのです。
スクリーニングはそのような新規微生物にアプローチできる唯一の道であり、微生物研究の最先端の1つです。


技術顧問 博士(農学)

茂野 俊也(Toshiya Shigeno