株式会社プリス

振とう機・振とう培養機 高圧蒸気滅菌装置

コラム#24 「腸内微生物が人の性格に影響する?」

2020.09.16更新

東証株価指数とアニメ「サザエさん」の視聴率

コンピューターの発達によって、複雑で膨大なデータを手軽に扱うことができる時代になりました。
先日、世界最速と認定された日本のスーパーコンピューター「富岳」は1秒間に41.5京(4.15 x 10の17乗)回の計算ができるそうです。
こんなとんでもないコンピューターでなくとも、人工知能やビックデータ等、私たちを取り巻く様々なデータを解析して利用する技術が実用化されています。
統計学的解析でもコンピューターを用いることで、これまでに思いもしなかった事象が関連付けられることがあります。
有名なのは東証株価指数とアニメ「サザエさん」の視聴率。サザエさんの視聴率が上がると東証株価指数が下がり、逆に視聴率が下がると株価指数が上がるというもの。その相関係数は日米の株価指数の相関よりも高いとのこと。
景気が良い(株価指数が高い)時は日曜日の夕方に外出する人が増え、この時間帯に放映される『サザエさん』の視聴率が下がるという説もあるようです。
これに対して2つの事象に因果関係は無く、たまたまの偶然に意味(因果関係)を後付けしているだけとの反論もあるようです。

腸内微生物が人の性格に影響する?

これと同じ様に、と言っては失礼ですが、腸内微生物の多様性と人の性格が関連しているとする研究があります。
英国オクスフォード大学のKaterina V.-A. Johnsonが2020年のHuman Microbiome Journalに発表した「Gut microbiome composition and diversity are related to human personality traits(腸内微生物群の構成と多様性は人間の人格特性に関連している)」と題する論文です。
18歳以上の655人を対象にした研究で、被験者(協力者)の平均年齢は42歳、女性71%、男性29%で、居住地は北米に83%、欧州に11%という構成です。 被検者からは、糞便サンプルの提供を受けると共に、食生活、健康、社交性等に関連したアンケート調査も行いました。

糞便サンプルは定法通りにリボゾームRNA遺伝子を標的とした遺伝子増幅反応(PCR)に供して、細菌由来の遺伝子情報を得ます。
リボゾームRNA遺伝子は細菌の分類指標であることは、既に良くご存じの通りです。
遺伝子の塩基配列を読んで、データベースに照合すれば、おおよその分類学的な情報が得られます。
さらに同じ塩基配列の遺伝子の数からどんな微生物がどの位いるのかも推定できます。
この論文には著者(研究者)がJohnson氏しか記載されていないので、PCRから遺伝子解析の一連の作業は専門業者に外注したのでしょう(今時は大学や各種研究機関でも同様に外注するのが普通です)。 そして行動特性や健康等に関するアンケート結果と腸内細菌群を構成する細菌種との関連性を統計学的に評価しました。
その結果、主要な23属の細菌群の内7属は社交性や神経症的傾向との関連性が認められました。

〇アッカーマンシア属細菌

例えばアッカーマンシア属細菌の存在量が多いと社交性(外向性、社会的スキルおよびコミュニケーション能力を組み合わせた値)が高い傾向が見られました。
アッカーマンシア属細菌は生後まもない乳児の糞便中に検出され、1歳になるころには保菌率が9割に達します。
これは成人の保菌率と同等で、成人では腸内細菌の総数の1~4%と大量に棲息する細菌の1群です。
肥満や糖尿病との関連性も指摘されている細菌群です。ちなみに学名はオランダの著名な微生物生態学者アントーン・アッカーマンスに由来します。この他、乳酸菌としてお馴染みのラクトコッカス属細菌の存在量も同様に社交性の高さと関連しています。

〇サテレラ属細菌

逆にサテレラ属細菌の存在量が多いと社交性が低い傾向が見られました。
サテレラ属細菌は2008年にヤクルト中央研究所によって発見された、とても小さくて培養するのが難しい細菌です。
糖類を利用して増殖することができず、そのほかの反応性にも乏しいという特徴があります。遺伝子情報からはヒトの腸内に普通にいる細菌と考えられています。
アンケート項目の行動特性や健康等に関する特徴44項目の内、25項目は腸内細菌群の多様性の高さと有意な相関を示しました。
腸内細菌群を構成する細菌種が多く、存在比に偏りがないほど多様性は大きくなります。
例えば、より大きな社会的ネットワークを持つ(付き合いの広い)被検者には、より多様な腸内細菌群を持つ傾向が認められました。

〇γ-アミノ酪酸(GABA)

さて、この研究結果はどのように解釈されるでしょう?
腸内細菌群と性格。この2つのデータに統計学的な関連があるだけで、何かの因果関係があるとは言えません。
この点は冒頭に紹介した「サザエさんと株価の関係」と一緒です。でも少し、深読みしてみましょう。
腸内細菌の代謝物が人の性格に影響している可能性もあります。脳や神経は多くの物質によって制御されています。
そんな物質を腸内細菌が作っているとしたら。例えばγ-アミノ酪酸(GABA)。「ギャバ」と呼ばれ、抑制性の神経伝達物質として知られています。
脳機能や高血圧を改善することも認められており、医薬品・食品にも応用されています。
うつ病の脳の特徴を持つ患者では、バクテロイデス属細菌が少ないとの研究例があり、バクテロイデス属細菌が生産するGABAが関係しているのではと考えられています。
同様なことは他にもあるかも知れません。こうした研究が進めば、精神疾患を改善する微生物製剤もできそうです。
そして性格を変える微生物製剤なんてものも期待してしまいます。でも、これは特定の微生物(何かの生産菌)の有無であって、腸内細菌の多様性には直接つながりません。

社会的ネットワーク

反対に人の性格や行動が腸内細菌群の多様性を形成するとも考えられます。
大きな社会的ネットワークを持つ(付き合いの広い)被検者なら、多くの人との接触機会が多いはず。
人は微生物まみれですから、多くの人と接触すれば、握手や会話によって他人の保有する微生物を取り込む可能性は大です。
腸内細菌の種類が増えてもおかしくありません。さらに飲み会やパーティーの席も多いでしょう。
食べる料理の“多様性”も高くなります。つまり、より多種類の食品を摂取することになります。食べる食品の種類が多くなれば、腸内細菌群も多様性を増すはずです。

腸内細菌群が人の性格に影響するのか、それとも逆か? どちらかはまだわかりません。
双方の影響の相互作用とも考えられます。結論にはもっと多くの研究が必要でしょう。
でも一般的に腸内細菌群の多様性を高めることは、免疫力の増強につながり、健康に良いとされます。
また多くの人と交流を持つことは精神衛生的に望ましいとされます。腸内細菌群が人の性格に影響していてもいなくとも、大きな社会的ネットワークを有することは肉体的にも精神的にも良いことのようです。(とは言え、コロナ過の現状では、何かと気を付けることが多いですが。)

技術顧問 博士(農学)

茂野 俊也(Toshiya Shigeno