株式会社プリス

振とう機・振とう培養機 高圧蒸気滅菌装置

コラム#19 「これも発酵食品(その4)」

2019.12.11更新

「これも発酵食品(その4)」

微生物はどこにでもいます。
むしろ微生物がいないところを探す方が難しいでしょう。
このため、気温の高い熱帯地域などでは瞬く間に発酵(腐敗?)が進みます。
しかしこの極めて速い発酵のお陰で作られる貴重な食品もあるのです。

その1つがコーヒーです(正確には嗜好品ですが)。
コーヒーはアフリカ東部、紅海の出口に位置するエチオピアが原産地とされます。
伝説ではコーヒーを食べたヤギが興奮しているのを見たのが始まりとか。
有名な「モカ・コーヒー」はエチオピアの紅海をはさんだ対岸イエメンの港町モカから輸出されたコーヒー全般の名称で、コーヒー豆の産地名ではありません。
現在では、たとえモカ港から輸出されてもモカ・コーヒーとは呼ばず、産地名や農場名を冠することが増えています。

コーヒー“豆”といっても、大豆のようないわゆる豆類ではありません。
コーヒー豆は果肉に包まれた果実(コーヒーチェリー)の状態で収穫されます。
つまりサクランボの種に相当するのがコーヒー豆です。
このためコーヒー豆を得るには果肉を取り除き、種のみを乾燥させる必要があります。
果肉を取り除く方法はいくつかありますが、代表的なのはコーヒーチェリーを乾燥させてから行う「乾燥式」と水に浸けて果肉を腐らせて洗い流す「水洗式」の2つです。
果肉を“腐らせる”過程は、まさしく“発酵”です。
気温の高い地域で浸水すれば、特に微生物を加えなくとも酵母等の酸素をあまり必要としない微生物が勝手に活躍します。
果肉に含まれる糖類はアルコールや有機酸になり、これらは香り成分の原料となります。
詳細な研究はなされていませんが、この発酵過程がコーヒーの香気成分には重要です。
このため同じ農場の同じ品種のコーヒー豆でも果肉除去方法によって味や香りが異なります。
そのうち「美味しいコーヒーのための微生物の素」なんかが開発されるかもしれません。
サントリーグループの研究では、シャンパン製造に用いられる酵母をコーヒーチェリーに接種して充分に生育させることで、コーヒー中の香気成分が増加することが確認されています。

コーヒーチェリーの果肉除去方法の中でも最もユニークなのは「ジャコウネコ式」でしょう。
ジャコウネコは一般的な“ネコ”とは異なります。
分類学上はネコ目ネコ亜目に属しますが、3000万年も前に分岐した遠い親戚のようなもので、果実や昆虫も食べる雑食性の動物です。
インドネシアでは、ジャコウネコにコーヒーチェリーを食べさせて、果肉のみを消化させます。
ジャコウネコの糞に残った未消化のコーヒー豆が世界最高級の「コピ・ルアク」(インドネシア語でコピはコーヒー、ルアクはジャコウネコのこと)です。
日本では1杯が数千円とか。
コーヒー豆はジャコウネコの腸内微生物の影響を受けて(これも発酵と言えなくもない)、独特の味と香りを獲得すると考えられています。
いくつかの特徴的な有機酸の含量が増加しているとの研究があります。

コーヒーチェリーを食べたジャコウネコの糞ですが、見た目はコーヒー豆の塊です。
コーヒー豆を知っている人ならば森で見つけたら、思わず拾ってしまうかもです。
ましてや苦労してコーヒーチェリーからコーヒー豆を取り出す作業をしていた人々なら、森の中で拾い集めたのも納得です。
そして次にはジャコウネコを捕まえて飼育して、コーヒーチェリーを与えて、と続くわけです。
それにしても、ジャコウネコの糞なんて。
自然のものを全て利用しようとする人の知恵(というか意地汚さ)には、改めて感心して(驚いて?)しまいます。


技術顧問 博士(農学)

茂野 俊也(Toshiya Shigeno